英語話者はどのように英語を聞いているのか?

東京学芸大学心理学科  関口 貴裕

Last Update 2003/04/08

近年の心理言語学的な研究により,言葉の聞き方や読み方というのは,全ての人類で同じではなく,使用する言語により異なるということが分かってきました。我々日本人は,英語の聞き取り(リスニング)が苦手だと言われていますが,英語話者がどのように英語を聞いているかを知り,それに近づけることで,リスニング能力を高める方法が見つかるかもしれません。そこでこのページでは,英語話者が母国語である英語をどのようなやり方で聞いているのかに関し,いくつかの知見を紹介したいと思います。

■単語の切り出し(分節化)の問題
■英語話者による単語の切り出し
■語彙力の問題 −知っているだけでは駄目
■日本人による単語リスニングの傾向

 

■単語の切り出し(分節化)の問題

英語の発話を聞いていると,所々聞き取れる単語はあるものの,全体としては切れ目のないひとまとまりの音の連なりのように感じられることがあります。これは錯覚ではありません。発話された音声においては,必ずしも単語と単語の間に明確な区切り(空白など)は存在しないのです。たとえば,下の図は「Can I help you?」という発話について,出ている音の強さ・周波数を時間の流れにそって左から右に描いたグラフです(サウンドスペクトログラムといいます)。

赤や黄色に光って見えるところが音の出ているところです。それぞれの音が何に対応するかを,下に文字で示しています。ごらんのようにCanとI,Iとhelp,helpとyouの間には,明確な区切りがありません。また,後ろの方に音のない区間がありますが,これはhelとpの間で,語の境界には対応していません。このように音声の中では,どこからどこまでが一つの単語なのかが,はっきりしないことが多いのです(これは日本語の場合でも同じです)。

リスニングの際に,我々がまずしなければならないことは,こうした連続的な音声信号の中から単語を切り出し(分節化,segmentation),それが何かを特定することです。逆に,この切り出しがうまくいかないと,個々の単語が浮かびあがってこず,「うにゃむにゃうにゃ」という切れ目のない音声に聞こえてしまうことでしょう。英語を聞いて,個々の単語が聞き取れないというのは,語彙や音韻に関する知識の不足もありますが,こうした分節化の失敗があると考えられます。

 

■英語話者による単語の切り出し

では,英語話者はどのようにして音声信号の中から単語を切り出しているのでしょうか? これについては様々な方法が考えられますが,有力な方法として注目されているのが,空白などとは別の手がかりを使っているという可能性です(もちろん,空白も使いますが)。

オランダのCutlerという研究者は,そのような手がかりとして単語のストレス(強勢)に注目をしています。ストレスとは,語中のある音節が強く,高く,長く,明瞭に発音されることを言います(いわゆるアクセントです)。Cutlerは,英語話者がストレスのおかれた音節を検出して,それを単語の始まりとして解釈しているという仮説を提唱しています。彼女の研究では,よく使われる英単語(内容語)の実に約90%が,語頭にストレスがおかれた単語であるか,単音節の単語であることが明らかになっています。このためストレスの有無(特に完全母音の有無)に注目をしていれば,高い確率で単語の始まりを見つけることができるのです。英語話者は,そうしたことを知っており,自覚しないままそれを単語の境界の手がかりとして使っているというわけです。

実際,Cutlerは,conDUCT asCENTS upHILL (大文字はストレスがおかれた音節)のような文章を小さな音量で英語話者に聞かせると,the DOCtor SENDS her BILL のように聞き間違えることが多いというデータを報告しています(Cutler & Butterfield, 1991)。このことはまさに,英語話者がストレスの置かれた音節を単語の始まりと考えて,リスニングを行っていることを示しています。

先に述べたように単語の切り出しは,リスニングにおける重要な要素です。英語話者は,「ストレスへの注目」以外にも様々な方法により,単語を切り出していることが分かっています。日本語話者についても,こうした英語話者の方略を身につけることにより,リスニングの能力を向上させることができるかもしれません。

 

■語彙力の問題 −知っているだけでは駄目

リスニングに語彙力が重要であることは言うまでもありません。英語の文法や音韻についてどんなによく知っていたとしても,知らない単語が多ければ文の意味は理解できません。では,ただ単に知っていればいいのかというと,そうではありません。リスニングに重要なのは,知っている単語をすばやく特定することです。

下のグラフは,Frauenfelderという研究者が,オランダ語話者を対象に行った実験の結果です(Frauenfelder, et al., 1990を改変)。この実験では,大学生に単語を聞いてもらい,その中に特定の音(ターゲット, / t / など)が入っているかどうかを判断させています。縦軸は判断までの時間,横軸は語中のターゲットの位置を示しています。黒い四角は,実在のオランダ語の中からターゲットを見つける時の時間(単位はミリ秒),白い丸は,デタラメな言葉(非単語)の中からターゲットを見つける時の時間です。

ごらんのように,ターゲットの位置が後ろになるほど,単語の中からそれを見つける時間が,非単語の中から見つける場合に比べ短くなっています。この結果は,オランダ語話者が,単語を最後まで聞く前にそれが何であるかを特定していることを意味しています(特定しているからターゲットの音が出ることを予測できる。デタラメな言葉は特定できないから予測もできない)。これと同じ結果は,英語話者を被験者とした場合でも得られています。すなわち英語話者は,elephantという言葉を聴く場合,最後まで聞いてから「elephantだ!」と特定しているのではなく,elep…くらいまで聞いた時点ですでに何の言葉か分かっているのです。

英語の会話では,だいたい1分間に150語程度,すなわち0.4秒に一語の割合で,機関銃のように言葉が与えられます。そして聞き手は,次々と与えられる膨大な量の単語から,その意味を汲み取り,文の文法構造を把握し,文全体の意味を構築していかなければなりません。このような非常に忙しい作業を正確にこなしていくためには,単語を最後まで聞いてから,「今のは何かな?」と考えていたのではとても間に合わないので,聞き終わる前からどんどんそれを特定しているのです。

 

■日本人による単語リスニングの傾向

では,日本人が英語の単語を聴く場合はどうなのでしょうか? 英語話者と同じような処理の仕方をしているのでしょうか? 下のグラフは私の研究室で行われた実験の結果を示しています(平成14年度卒業,椿谷健の卒業研究)。やはり,大学生に単語・非単語の中からターゲットの音( / t / )を見つけてもらいました。左側が英語リスニングの得意な学生のデータ,右側が英語リスニングの苦手な学生のデータを示しています。

ごらんのように英語リスニングの得意な学生は,上で示したデータとよく似た反応パタンを示しています。一方,英語リスニングの苦手な学生は,単語条件と非単語条件の時間の差が,ターゲットの位置が「後半」である場合に見られず,「語尾」においてようやく出現しています。この結果は,「リスニングの苦手な学生も単語を途中で特定しているが,得意な学生に比べてそのタイミングが遅い」ということを意味しています。

英語の苦手な人は,英語の発話を聞く際にしばしば「速すぎてついていけない」と感じることがありますが,その原因には,このような単語の処理スピードの問題,さらにはその後の文法,意味処理のスピードの問題があると考えられます。単語や文法を知っていることと,それをうまく使えることとは異なります。高速で次々と入ってくる発話を的確に理解するためには,聞き手の側の処理スピードもあげる必要があるのです(これはリーディングについても同じです)。そのためには,ありきたりですが,「覚える」だけでは駄目で,「慣れる」すなわち耳で聞くという体験をたくさん行うことが重要だと言えるでしょう。

 


 

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